納豆の製造革命 北大農学部


菌を純粋培養 衛生的に

 圧力釜で蒸し上げられた大豆が大きなザにあけられ、もうもうと湯気が立ち上った。 まだ100度近いだろうか。そこに霧状の液体が噴霧される。「地元の稲わらから採取して純粋培養したウチの納豆菌溶液です」 説明するのは羊蹄食品(胆振管内洞爺湖町)の中居敏(さとし)社長(72) 。北海道納豆工業組合の理事長も務める。


 作業は、町内・虻田市街の工場で毎週金曜日に行われる近代製法による納豆の製造。煮豆に納豆菌を満遍なく付着させた後、中居社長の母親、米子さん(89) ら4人のベテランが熱湯消毒した経木(きょうぎ)を三角に折り、ほとんど計ることなく、ヘラで約50グラムずつ入れ始めた。長年の勘と熟練の技。通気性があり、ほど良いい保水力がある経木の中で煮豆は納豆菌により発酵し、糸を引く納豆に生まれ変わる。


 木を薄く削った経木には木の香があまりしない広葉樹のシナノキを使う。「少しにおいがしても苦情がくる。豆も納豆菌も生き物。気は抜けません」と中居社長。「でも、こうして安定して納豆が作れるのも半沢安打先生のおかげです」


 北海道開拓が始まって50年目の1918年(大正7年)。日本の食品産業史上、画期な技術革新が起きた。北大農学部教授の半沢洵(じゅん)博士が納豆の近代的製造法を発表したのだ。


 それより前、東大の沢村真教授が05年に納豆菌を発見。12年には盛岡高等農林学校の松 舜祐教授が納豆菌を分解し、培養した。 しかし、当時の納豆製造は天然の納豆菌が付着した稲わらを編んだ藁苞(わらづと)による昔ながらの自然発酵のまま。不衛生で製品にはむらがあり、異臭がすることもあった。


 半沢博士は札幌・白石に入植した仙台藩片倉家の家臣の家に生まれ、札幌農学校で宮部金吾博士に植物学を学んだ。欧米で最新の菌学を修め、15年に日本初の応用菌学講座を開設。ある日、その研究室に札幌の納豆業者が「出来が悪くて…」と駆け込んできた—。

↑清潔な経木を容器に使う半沢博士の納豆製造法を一部の製品で今も続ける羊蹄食品。この後、40度前後に保たれた発酵室で約20時間保管され、豊かな香りを持つ納豆になる(魚眼レンズ使用)




米寿の記念写真に納まる半沢博士(1879〜1972)。葬儀には大学関係者だけでなく、納豆製造業者の姿も多かった(北大大学文書館所蔵)


曾根教授(手前右)を囲む現在の応用菌学研究室の学生や大学院生ら。半数が留学生で女性の姿も目立つ



当時の応用菌学研究室の様子(北大大学文書館所蔵)



札幌で今年開かれた全国納豆鑑評会。全国納豆協同組合連合会(加盟118社)が品質向上を目指して全国各地で開催している



(右)当時、応用菌学研究室で製造され各地に販売された純粋納豆菌のアンプル
(左)半沢博士の孫に当たる久さん。父親の宏さんも北大工学部教授で、3代続けて大学教授となった。

大学発ベンチャーのはしり

 納豆の出来が悪い—研究室を訪れた納豆業者の悩みに耳を傾けた半沢博士がにらんだのは、雑菌の影響。早速、学生に納豆菌の純粋培養を指示し、発酵させる容器として殺菌可能な経木に着目した。


 「当時手に入る素材では経木が最適でした。納豆菌の純粋培養と近代製法はバイオテクノロジーの先駆けです」。初代の半沢博士から6代目になる北大農学部応用菌学研究室の曾根輝雄教授(49)はそう話す。


 半沢博士は研究資金作りも兼ねて、「帝大製」納豆菌を売り出す。業者と「札幌納豆容器改良会」を設立。雑誌「納豆」を創刊、製造法の冊子も発行し、「納豆博士」と呼ばれるに至った。


 「大学発ベンチャーのはしりです。得た資金で学内で最初に電気を引き、さらに研究を進めた。まさに北大の実学の精神を象徴しています」(曾根教授)


 地元札幌の業者は「大学納豆」を販売。さらに、指導を受けた仙台の業者が温度と湿度を管理できる「文化室(むろ)」を発案したことで、純粋培養した菌を衛生的な容器で発酵させる近代製法は確かなものになった。


 今や納豆製品の国内市場規模は2,497億円(2018年、全国納豆協同組合連合会調べ)。だが、その9割はタカノフーズ(茨城)やミツカン(愛知)など大手10社が寡占する。


 「そうなったのも半沢先生のせい」。羊蹄食品の中居社長は苦笑する。博士の近代製法はそのままオートメーションによる大量生産の基礎となったからだ。経木や折り箱の容器は発泡スチロールに代わり、大手の製造ラインは1分間で50グラムパックを300個量産する。「中小零細はコスト面でとても太刀打ちできません」(中居さん)


 1949年、北海道納豆工業組合を設立した時に120社を数えた組合員は現在10社。博士ゆかりの「納豆大学」も価格競争などに押され、姿を消した。


 2月22日、札幌パークホテルで開かれた第24回全国納豆鑑評会。全国76社、192点から最優秀の農林水産大臣賞に輝いたのは道産大豆100%使用をうたう愛知県のメーカーの「国産中粒納豆」。道内勢は惜しくも2012年以来の日本一を逃した。


 「確証はありませんが、江戸時代から納豆を常食していた仙台地方の旧藩士の家に育った祖父にとって、納豆は身近な食べ物だったでしょう」。そう話すのは孫の半沢久さん(70)=北海道科学大学名誉教授=だ。


 桑園地区の祖父宅で過ごした少年時代。朝はパンに納豆をはさみ、夕食にも納豆を食べた。「皿に残った納豆のぬめりも砂糖をふりかけておやつ代わりになりました」と久さん。祖父の思い出は「いつもニコニコして、怒られた記憶がない」。


 半沢博士は、新渡戸稲造が始めた遠友夜学校の最後の校長になるほど、退官後も福祉や教育に尽くした。夜学校の精神を伝えるため最近、設立された市民団体「札幌遠友会再興塾」の会長を務める久さんは言う。「人の役に立つ—という祖父の思いを未来に語り継いでいきたい」
北海道新聞日曜版(2019年3月17日)掲載より

納豆の歴史

納豆の誕生は弥生時代

 稲作農耕文化が日本に伝わってきたのは、縄文時代の終わり頃。そして、弥生時代に入ると、大豆をはじめとする豆類の栽培も始まりました。しかし、当時の素焼きの土器で、大豆を煮るのは大変なこと。大豆がやわらかくなる前に、土器の方が壊れてしまうからです。
 そこで、弥生時代の人々は、煮る時間を少なくするために、あらかじめ大豆を叩きつぶしてから煮るという方法をとっていた可能性があります。弥生時代の竪穴式住居は、中に炉があって暖かく、床にはワラや枯れ草が敷き詰められていました。納豆菌にとっては、申し分のない環境だったのです。ワラの上に落ちた煮大豆が発酵し、いつの間にか「納豆」になっていたとしても不思議ではありません。最初は偶然の産物だったかもしれない納豆も、その美味しさと保存性の良さから、次第に製法が工夫され、確立されていったことが伺われます。 

納豆の語源

 文献をひもとくと、「納豆」という文字が最初に出てくるのは、平安時代に藤原明衡が著した「新猿樂集」です。納豆の語源は、寺の納所(台所)で作られたことに由来するといわれています。”納所”で”大豆”を原料に作られたから「納豆」。至極納得のいくネーミングといえるでしょう。仏教の戒律によって肉食を禁じられた僧侶にとって、納豆は貴重なタンパク質源となっていたのです。
 ただし、平安時代に記録された納豆や古歌に出てくる納豆は、ほとんどが寺納豆のことと思われます。

糸引き納豆のエピソード

 水戸納豆で知られる茨城県に残る話しによると、源義家が奥州征伐への途中、水戸付近で休息した折、馬の餌にするワラの上に捨てられた煮大豆がほどよく発酵しているのを発見。義家自ら食べてみたところ、いたく美味であったことから、家来に命じて研究させたのが、今日の糸引き納豆の始まりとか。義家の奥州征伐にまつわる同じような納豆伝説は、岩手県、山形県、栃木県などにも残されています。
 納豆は、戦国武将たちにとっても、大切なスタミナ源だったようです。文禄の役(1592年)で朝鮮へ出兵した加藤清正の軍が食糧難に陥り、すでに空になった味噌袋の中に馬糧の煮豆を入れて行軍していたところ、馬の体温で煮豆が蒸れて糸引き納豆が出来上がり、空腹の武将たちの胃袋を大いに満たしたというエピソードも残っています。

納豆の商品化は江戸時代中期

 納豆は、アミノ酸バランスに優れ、ごはんとの相性が実に良いのが特徴です。米に少ないアミノ酸を納豆(大豆)がもち、納豆に少ないアミノ酸を米が持っていることから、お互いの欠点を補い合って、理想的なアミノ酸バランスがもたらされるのです。
 そんな優れた栄養価を持つ納豆も、商品として販売されるようになったのは江戸時代の中期になってからです。「ナット・ナット・ナットー」というかけ声で売り歩く納豆売りが登場したのもこの時代。炊き立てのご飯に熱い味噌汁、お新香、そして納豆という朝食の定番パターンも、どうやら江戸時代にルーツがあるようです。

栄養と効用

知って得する納豆の「薬効」

納 豆
成 分 効 能
ナットーキナーゼ(血栓溶解酵素) 脳梗塞・脳卒中・心筋梗塞・心臓病・老化の防止・記憶力・集中力の向上
ビタミンK 骨粗鬆症を予防腰痛などを和らげます
サポニン
ビタミンB2
ビタミンE
脳梗塞・脳卒中・心筋梗塞・心臓病・老化の防止・記憶力・集中力の向上
ピジコリン酸 食中毒予防、風邪の予防、整腸効果

納豆100g中の栄養成分

成 分 納 豆 牛 肉 鶏 肉
水分(g) 59.5 71.8 74.7
タンパク質(g) 16.5 21.2 12.3
脂質(g) 10.0 5.6 11.2
糖質(g) 9.8 0.3 0.9
繊維(g) 2.3 0 0
灰分(g) 1.9 1.1 0.9
カルシウム(g) 90 4 55
リン(g) 190 181 200
鉄(g) 3.3 2.2 1.8
ナトリウム(mg) 2 57 130
カリウム(mg) 660 363 120
ビタミンB1(mg) 0.07 0.09 0.08
ビタミンB2(mg) 0.56 0.21 0.48
ナイアシン(mg) 1.1 4.9 0.1
ビタミンC(mg) 0 2 0
ビタミンE(mg) 0.9 0.29 1.1
エネルギー(Kcal) 200 144 162
コレステロール(mg) 0 90 470

次々と解明される”納豆の神秘”

①血栓の溶解作用
 血栓は血管の中に出来る血の固まりで、血栓が出来るとその先に血液が送られなくなり、脳卒中や心筋梗塞の原因となります。この固まった血を溶かす薬として「ウロキナーゼ」という酵素が使われますが、納豆からもこれと同じ働きをする「ナットーキナーゼ」という酵素が発見されました。

②病原菌を抑える抗菌作用
 納豆には、他の菌を殺す優れた抗菌作用、抗ウイルス作用があります。ブドウ球菌、赤痢菌、チフス菌等の他、「O-157」への効果も確認されています。納豆にはジピコリン酸等の抗菌物質が含まれるため、古くなっても決して腐る事はありません。

③骨を形成するビタミンK2
 骨を形成するにはビタミンKが重要な働きをし、カルシウムだけを摂取しても骨になりにくいのです。ビタミンKの中でも「ビタミンK2」がカルシウムとタンパク質くっつきやすくし、骨を形成することがわかっています。  ビタミンK2は体内の腸内細菌が作り出しますが、食品の中では発酵食品に含まれています。納豆には、このビタミンK2が、他の発酵食品に比べ数百倍も含まれています。

④骨粗鬆症を防ぐ
 人間の骨は新陳代謝によって造られたり壊されたりしています。この壊す働きを抑える働きをするのが女性ホルモンで、これが減少すると骨がスカスカになり骨粗鬆症になるのです。  納豆の原料になる大豆には、この女性ホルモンに似た働きをする「イソフラボノイド」という成分が含まれています。

⑤牛肉に匹敵する高タンパク食品
 納豆の原料の大豆には、良質のタンパク質が豊富に含まれ、しかも納豆はタンパク質の消化吸収率がよく、煮豆のままだと65%ぐらいですが、納豆に加工すると80%以上にも向上します。
 納豆100gに含まれるタンパク質は約17g。これはたまご3個、牛肉80g、とんかつ1枚(120g)、生鮭1切にも匹敵します。

⑥心臓病・高血圧の予防
 納豆は高タンパク質食品でありながらコレステロールがゼロ。しかも、悪玉コレステロールを下げ、動脈硬化や心臓病を防ぐリノール酸が豊富に含まれています。さらに、納豆のタンパク質には血管の弾力性を高める働きがあり、高血圧防止の作用があるといわれています。

納豆レシピ

マヨジャガと納豆のタルティーヌ

マヨジャガと納豆のタルティーヌ

納豆と海老の揚げパン

納豆と海老の揚げパン

カラフル野菜と納豆のタルティーヌ

カラフル野菜と納豆のタルティーヌ

バジル納豆のカナッペ

バジル納豆のカナッペ

鶏肉と納豆のハンバーグサンド

鶏肉と納豆のハンバーグサンド

トマトチーズトースト

トマトチーズトースト